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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)163号 判決 1989年2月23日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二六〇万円及びこれに対する昭和五九年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五七年五月七日銃砲刀剣類所持等取締法違反等の容疑で逮捕され、昭和五九年当時東京拘置所に勾留されていた者である。

2  本件各処分の存在

(一) 本件第一処分

東京拘置所長は、原告が昭和五九年一〇月一七日(以下、昭和五九年については単に月日のみを記載する。)に東京高等裁判所に出廷した際、右裁判所内の東京拘置所出廷留置場(以下「仮監」という。)の一八房内三か所に落書きをしたとして、一一月一日、原告に対して軽屏禁七日間及び同期間の文書図画閲読禁止を併科する処分(以下「本件第一処分」という。)をした。

(二) 本件第二処分

東京拘置所長は、原告が一一月一九日午前一〇時三九分ころ東京拘置所居房内で「アー」と大声を発し舎房全体の静穏を著しく乱したとして、同月二二日、原告に対して軽屏禁一〇日間及び同期間の文書図画閲読禁止を併科する処分(以下「本件第二処分」といい、本件第一処分と併せて「本件各処分」という。)をした。

3  しかしながら、本件各処分は次のとおり違憲、違法である。

(一) 未決被拘禁者に対する懲罰

(1) 未決被拘禁者に対する懲罰の許容性

我が国も批准している国際人権規約B規約(以下「B規約」という。)は有罪と決定されていない被拘禁者は無罪と推定される権利を有する旨を、また、被拘禁者処遇最低基準規則(昭和三〇年八月三〇日犯罪予防及び犯罪者処遇に関する第一回国連会議決議、昭和三二年七月三一日国連経済社会理事会承認採択、以下「基準規則」という。)八四・2は有罪が決定していない被拘禁者は無罪と推定され、かつ、それにふさわしく処遇されなければならない旨をそれぞれ定めているのであって、このような法的地位を有する未決被拘禁者については市民的自由や権利の制限は、その勾留目的達成のため必要最小限度のものでなければならず、また、拘禁施設内の共同生活の維持に必要にして相当な限度を超えて規律秩序を強制することは許されない。

このような未決被拘禁者の法的地位、規律秩序の制約から考えると、未決被拘禁者に対する懲罰の許容性が問題とされなければならず、現に欧米諸国にあっては未決拘禁者に対する懲罰を制度として廃止している国(例えばスウェーデンなど)もあるし、制度上は存置されていても懲罰権の行使が稀となってきている大勢にあるから、我が国においても未決被拘禁者に対する懲罰は当然廃止の方向がとられるべきであるし、実際の懲罰権の行使も厳しく限定されるべきである。

(2) 監獄法五九条の違憲性

監獄法五九条は、「在監者紀律ニ違ヒタルトキハ懲罰ニ処ス」と定めているのみであり、懲罰の対象となる行為は各刑事施設毎に所長の定める「所内生活の心得」によって定められているが、懲罰は新たに法益を剥奪する行政処分であるところ、行政処分においても憲法三一条以下の適正手続条項が準用されることは判例が確認してきたところであるし、基準規則二九も規律違反となる行為は常に法律又は権限ある行政庁の規則によって規定されなければならないとしているのであるから、規律違反行為を全く特定しない監獄法五九条が憲法三一条に違反することは明らかである。

(3) 監獄法五九条の合憲限定解釈

仮に監獄法五九条が直ちに違憲とはいえないとしても、前述のとおり、未決被拘禁者に対して懲罰を科すことができる場合は、厳しく限定されなければならず、懲罰対象行為は原則とし市民法的にも刑罰の対象とされる行為に限定されるべきである。

しかるに、現行の実務においては、自傷行為、職務の妨害に当たらない単純な職務上の指示違反、同囚間の私語、通声、器物損壊に当たらない落書きなどをすベて懲罰の対象としているのであって、これは市民的自由に対する過剰な干渉であり、憲法三一条及び一三条に違反する。

(4) 監獄法の憲法三一条違反

懲罰は新たな法益の剥奪を伴うものであるから、その適用手続においても懲罰対象者の防禦の機会を保障した公正な手続が要請される。このことは、憲法三一条が行政手続にも適用されることからも明らかである。基準規則三〇・2は「いかなる被拘禁者も、自己が犯したとされる違反事実の告知を受け、かつ、自己の弁護を申し立てる適当な機会を与えられるのでなければ、懲罰を科せられない。権限ある機関は、事件の十分な調査を行わなければならない」とし、十分な弁護と十分な調査を懲罰手続の必須の要件としているが、右要件は憲法三一条に適合する懲罰手続の必要最低限のものである。そして、違反事実について告知を受けるとは、一定期間前に懲罰該当事実を具体的に記載した書面の交付を受けることであり、また、十分な調査を要するとは、懲罰処分が科せられるためには被処分者が懲罰に該当する行為を行ったという事実によって認定されることを要するということであり、更に、弁護の機会を与えるとは、本人による自らに有利な証拠の提出所側の収集した証拠に対する弾劾の機会を与えること及び本人が弁護人を依頼している場合は、その同席する場で懲罰審理を行うことである。

ところが、監獄法は、右のような手続を一切保障しておらず、この点で憲法三一条に違反する。また、仮に、監獄法が直ちに憲法三一条に違反しないとしても、右のような手続を保障しないでされた懲罰処分は憲法三一条に違反する。

(5) 監獄法六〇条の憲法三一条違反及び軽屏禁・文書図画閲読禁止を内容とする懲罰処分の憲法一三条、一八条、二一条、三六条違反

軽屏禁及び文書図画閲読禁止の懲罰の内容は、廊下に向かって正坐又は安坐をすること、図画、文書の閲読禁止、面会の禁止(弁護士については許可することがある。)、発信、受信の禁止(訴訟関係等につき弁護士等には許可することがある。)、筆記の禁止(「意見陳述書」「保釈申請書」については許可することがある。)、運動の禁止、入浴の禁止、洗濯の禁止(午後一時から三〇分間のみ許可)、新聞購読の禁止、ラジオ放送の禁止等である。

ところで、軽屏禁罰の内容として監獄法六〇条二項は「受罰者ヲ罰室内ニ昼夜屏居セシメ情状ニ因リ就業セシメサルコトヲ得」と規定しているが、その内容は必ずしも明らかではなく、施行規則にもこの点について定めたものはない。このように、懲罰の内容が法律上明確になっていないこと自体憲法三一条に違反する。また、右の懲罰内容は、一定の姿勢を長期間固定させ、一切の精神的慰安を奪う点で生活面における自由、権利の全面的剥奪ともいうべきものであり、一切の社会生活を全面的に奪うものといっても過言ではない。右のような懲罰は、腰痛、内臓痛等の肉体的疾患、拘禁性ノイローゼ等の精神的な疾患の原因ともなる危険性を有しているのであって、かかる過酷な懲罰は欧米諸国にも類例をみないものであり、反文明的、非人道的で、野蛮極まりないものである。したがって、軽屏禁罰をこのような懲罰内容として執行することは、奴隷的拘束の禁止を定める憲法一八条、個人の尊重、生命自由幸福追求権を定める憲法一三条、残酷な刑罰を禁止する憲法三六条に違反する。

また、文書図画閲読禁止は、被拘禁者の知る権利を一切奪うものであり、憲法二一条に違反する。

(二) 本件各処分の違憲、違法性

本件各処分は、前記のとおり、憲法三一条に違反する監獄法に基づいて行われた点で違憲であるほか、次のとおり違憲、違法なものである。

(1) 本件第一処分について

原告は、本件第一処分の対象とされた落書きを行っておらず、このことは、原告がボールペンの貸与を受けたのが昼食前で、昼食後には公判を控え、また、公判終了後は程なく弁護人が接見を行っており、落書きをする時間的余裕がなく、看守が頻繁に房内をのぞいていたから、落書きを三か所もしたとすれば必ず発見されなければおかしい状況にあったのであって、落書きをする物理的可能性がなかったことからも明らかである。したがって、本件第一処分は、事実誤認によって落書行為を行っていない原告に科せられた点でまず違法である。

また、本件第一処分は、まず、その審理に際し、被処分者である原告に対して懲罰該当事実を記載した書面が交付されなかったため、明確な懲罰該当事実の告知が行われておらず、わずかに、懲罰審査会の冒頭に警備隊長による朗読がなされたという不十分な告知にとどまっており、さらに、弁護士資格を有する代理人の選任も拒否され、証拠の開示もなく原告の弁明の機会も奪われるなど実質的防禦の機会は保障されず、懲罰審査会の構成も原告の立場に立って活動すべき職責を与えられた者が誰もいないという偏頗なものであった点で憲法三一条に違反する。

(2) 本件第二処分について

原告は、「アー」という大声を発した事実はなく、入浴で使用したタオルを洗濯おけの上に置いてあったアルミ製洗面器に投げ入れたところ、洗面器が傾き倒れ落ちそうになったため駆け寄り、その際「アッ」という小声を発したにすぎず、また、看守の制止によって発声をやめたものではない。前述のとおり、懲罰対象行為は刑罰法規に触れる行為に限定されるべきであり、人の声は原則として懲罰の対象にならず、大声を長時間にわたり発し続け、所内の平穏な生活が著しく乱された場合に初めて懲罰が一応問題になりうるにすぎないから、原告の右行為は懲罰の対象にならないことは一見して明白である。

また、本件第二処分も本件第一処分と同様憲法三一条に違反する。

4  被告の責任

東京拘置所の所長以下の職員は、故意又は過失により違憲、違法な本件各処分を行ったのであるから、被告は国家賠償法一条一項によって原告が本件各処分によって被った損害を賠償する義務がある。

5  損害

(一) 本件各処分によって、控訴審審理の終盤の時期にあったこともあり、原告は著しい精神的、肉体的苦痛、屈辱を被った。右損害を金銭に見積もると二〇〇万円を上回ることは明らかである。

(二) 原告は、本件訴訟の遂行を原告訴訟代理人三名に委任した。被告の不法行為と相当因果関係にある損害として被告に負担せしめるのが相当な弁護士費用は六〇万円である。

よって、原告は被告に対し、損害賠償金二六〇万円及びこれに対する本件第二処分が行われた日である昭和五九年一一月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  同3(一)(1)のうち、我が国も批准しているB規約及び基準規則が原告主張のように定めていることは認めるが、欧米諸国にあっては未決被拘禁者に対する懲罰を廃止している国もあり、制度上は存置されていても懲罰権の行使が稀となってきている大勢にあることは知らず、その余は争う。

同(2)のうち、監獄法五九条及び基準規則二九が原告主張のように定めていること及び懲罰の対象となる行為が各刑事施設毎に所長の定める「所内生活の心得」によって定められていることは認めるが、その余は争う。

同(3)のうち、現行の実務において自傷行為、職務上の指示違反、通声、落書きが懲罰の対象とされていることは認めるが、その余は争う。

同(4)のうち、懲罰対象者の防禦の機会を保障した公正な手続が要請されること及び基準規則三〇・2が原告主張のように規定していることは認めるが、その余は争う。

同(5)のうち、軽屏禁及び文書図画閲読禁止の懲罰の内容が運動、入浴の禁止を除いて原告主張のとおりであること、監獄法六〇条二項が原告主張のように規定していること及び軽屏禁罰が一定の姿勢を要求していることは認めるが、その余は争う。運動、入浴については、一定限度に制限しているだけである。

なお、軽屏禁の内容について、監獄法六〇条二項本文は、「屏禁ハ受罰者ヲ罰室内ニ昼夜屏居セシメ情状ニ因リ就業セシメサルコトヲ得」と規定しており、軽屏禁罰は厳格な隔離によって受罰者を謹慎させ、精神的孤独の痛苦により改悛を促すことを内容とするものであることが明らかであって、そのような厳格な隔離、謹慎、精神的孤独の痛苦による改悛をもたらすためには、外部との交通を遮断した上、自堕落的な生活を改めて規律ある生活を営むことが不可欠であるから、同項は、外部との交通手段の遮断や規律保持に必要な措置の強制を当然の内容としているものと解されるのである。しかして、軽屏禁罰は、市民法上の刑罰ではなく、行政上の秩序罰にすぎないものであるから、右の程度までその内容が明らかであれば、具体的内容の特定として欠けるところはないというべきである。また、軽屏禁罰の具体的内容とされているところは、前記軽屏禁罰の趣旨や人道上の見地に照らして、必要かつ合理的なものとして是認されるものであるし、文書等の閲読禁止も、無聊に苦しませるほかに有効な懲罰方法のない今日においては、同様に、必要かつ合理的なものとして是認されるべきものであって、何ら憲法一三条、一八条、二一条、三六条に違反するものではない。

3  同3(二)の冒頭の主張のうち、本件各処分が監獄法に基づいて行われたことは認めるが、その余は争う。

同(1)のうち、原告がボールペンの貸与を受けたのが昼食前であったこと、原告が昼食後には公判を控えていたこと、公判終了後に弁護人が接見を行ったこと、原告に対して懲罰該当事実を記載した書面を交付していないこと、懲罰該当事実について懲罰審査会の冒頭に警備隊長による朗読がなされたこと、証拠の開示がなされていないこと及び弁護士資格を有する代理人の選任を拒否したことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

同(2)のうち、原告に対して懲罰該当事実を記載した書面を交付していないこと、懲罰該当事実について懲罰審査会の冒頭に警備隊長による朗読がなされたこと、証拠の開示がなされていないこと及び弁護士資格を有する代理人の選任を拒否したことは認めるが、その余の事実は知らず、主張は争う。

4  同4は争う。

5  同5のうち、原告が本件訴訟の遂行を原告訴訟代理人三名に委任したことは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

1  懲罰制度の合憲性、適法性

監獄は、多数の在監者を拘禁し、これらの者を集団として管理しながらその拘禁目的の達成を実現すべく設置されているところから、在監者が安全で平穏な秩序ある共同生活を営み、監獄の正常な管理運営ができるように所内における規律及び秩序が保持されなければならないことはいうまでもない。ところで、およそ集団の生活には、何らかの「生活規範」あるいは「約束ごと」が必要であることは自明の理であり、このことは、自己の意に反して身柄を拘束されている在監者を集団として管理している監獄においては、特に重視されるべきことである。そして、右生活規範あるいは約束ごとのうち、監獄の規律及び秩序を害する行為を特に類型化し、これに違反した者に対して懲罰を科するということは正に合理的なものであり、懲罰の対象となる行為は、必ずしも市民法的観点からは刑罰の対象とならない行為をも包含し得べきことは他言を要しない。憲法三四条は、刑事被告人についても、正当の理由のある限り、その身体を拘禁することを予定しているところ、その処遇については何ら規定するものではないから、その点は立法に委ねられているものというべきである。

そこで、監獄法五九条は、「在監者紀律ニ違ヒタルトキハ懲罰ニ処ス」と定め、同法六〇条は、その懲罰の種類、内容及び併科について明らかにし、また、同法施行規則一九条一項は、所長が在監者の遵守事項を入監者に告知すべき旨を、同規則二二条二項は、在監者の遵守事項は冊子として監房内に備え置くべき旨を定め、右規則一五七条ないし一六六条は、懲罰の言渡し、執行手続等について規定しているのである。

そして、規律違反者に対して反省を促すために、いかなる内容の懲罰を科し、又は併科して執行するかは、監獄拘禁の特殊性に照らし、監獄の規律及び秩序保持には適時適切な措置が要請されるとともに、極めて専門的、技術的知識が必要とされているところから、監獄の長に広範な裁量権が与えられているのである。

したがって、遵守事項違反を行った者に対して懲罰処分が科されることは、法が当然に予定した事態であり、所内の規律及び秩序を保持し、当該在監者に反省を促すためのやむを得ざる最低限の措置であり、刑事被告人に懲罰を科したからといって、何ら違憲、違法ではない。

2  懲罰科罰手続への憲法三一条以下の適正手続条項の適用

懲罰は、本来、監獄の内部における秩序維持を目的とした行政上の秩序罰であって、市民社会における市民法秩序違反に対して科される刑罰とはその本質を異にし、厳格な罪刑法定主義の適用があるわけではないのであって、行政上の秩序罰たる懲罰の対象となる行為をいかなる範囲で法定化すべきかは立法政策に委ねられた事項というべきである。また、科罰のための手続も刑事司法手続に要求されるような厳格なものではないから、監獄の長が、対審的構造に基づかないで自ら懲罰事犯を取り上げ懲罰を科すことは、右懲罰の性質から当然のことであるし、弁護人選任権は、本来、刑事手続に関して保障されたものであって、憲法三七条が、懲罰対象者にまで弁護人選任権を与えることを要求していると解することはできない。

懲罰の科罰手続において、在監者に懲罰の対象となる事実を記載した書面を交付し、対審的構造をとった審査機関によって懲罰の審査を行わせ、在監者には弁護士を代理人として依頼して自己のために弁護活動を行わせるような手続をとれば、確かに在監者の権利保護に厚いということはできる。しかし、懲罰の事案は、比較的複雑でない事案であることが多く、事案を事前に本人に了知させるために書面を交付する必要があるとは認められない。また、監獄の内部において、在監者あるいは弁護士を含めた第三者を自由に行動させることは不適当であるから、独自の証拠収集活動を認めることもおよそ不可能である。

なお、現実の懲罰の科罰手続において、憲法三一条の定める適正手続の法理が全く顧みられなくてもよいわけではないが、具体的な運用に際しては右条項の趣旨を汲むとしても、その要求される水準は刑事司法手続の場合とは自ずと異なったものとなる。すなわち、在監者は既に拘禁によってその身体的な行動の自由等に一定の制約を受けており、懲罰の執行によって更に受ける制約は、一般人が刑事司法手続によって自由を奪われる場合とは、全く自由の制限の度合が異なるのである。

3  東京拘置所における懲罰の科罰手続

東京拘置所においては、在監者が所内での生活を送る上で留意すべき事項を「所内生活の心得」と題する各居房備付けの小冊子の中に記載し、その中でも特に懲罰の対象となる行為を個別、具体的に明らかにして、入所時の在監者への告知とあいまって、在監者に対してどのような行為が懲罰の対象となる規律違反行為であるかを周知させている。そして、規律違反行為がなされ又はなされた疑いがあり、在監者を取り調べる必要性が認められたときは、以下の手順で処理が行われる。

(一) まず、規律違反行為を行った又はその疑いがあると認められる在監者に対し、職員が口頭で対象となる事案の概要及び取調べに付する旨を告知する。

(二) 本人が取調べを拒否しない限り、右告知の後速やかに、保安課警備隊職員が本人から事情を聴取し、調書を作成する。右事情聴取は、本人に弁明の機会を十分に与えるため、原則として本人の言い分が尽きるまで実施される。

(三) 右と並行して、証拠資料の収集、関係職員及び他の在監者からの事情聴取を行い、事実関係を明らかにする。

(四) 右(二)及び(三)により、事案の経過が解明されると、本人に対して懲罰を科すことが不相当な場合を除き、懲罰審査会が開催される。右審査会には、管理部長、保安課長、指導課長、考査課長、保護課長、教育課長及び各保安課長補佐等が列席し、本人が出頭を拒まない限り在監者本人を出頭させて開催される。

(五) 右審査会は、管理部長が議長となり、本人が出頭した場合には、本人の面前で警備隊長が規律違反行為と認定される事実を読み上げ、これに対して本人に弁明の機会を与え、本人の弁明、本人に対する列席者の質疑が終了した後、本人を退席させて審議し、列席者全員の意見を管理部長がとりまとめて同審査会としての科罰意見(懲罰を科すか否か、また懲罰を科すとしてどのような懲罰を科すか)を出すという手順で進められる。右審議は、警備隊長を含めた列席者全員が本人に有利な事情、不利な事情の双方に言及して行われる。

(六) 右審議の結果とりまとめられた意見が所長に上申されると、所長は、これを参考にして懲罰を科すか否か、また懲罰を科すとしてどのような懲罰を科すかを決定する。

(七) 右により懲罰を科すことが決定されると、本人に対して懲罰を科す旨の告知をし、執行を開始する。

なお、軽屏禁については、執行の前に医師による診察が行われ、執行によって健康に支障が生じないことを確認のうえで執行が開始される。また、訴訟の準備等本人の権利行使のため必要と認められるときなどには、本人からの申請又は職権によりその執行を一時停止する運用がなされている。

以上の運用は、限られた設備及び職員で多数の人員を収容し、これを集団として管理して所内の規律及び秩序を保持しなければならない東京拘置所において、懲罰案件を迅速に処理していく上で、可能な限り合理的かつ公正な手続であり、何ら違憲、違法なものではない。

4  本件各処分の経緯

本件各処分の経緯は、以下のとおりであり、右に述べた手続にしたがって行われたものであるから、本件各処分は適法である。

(一) 本件第一処分

原告は、一〇月一七日、刑事被告人として東京高等裁判所に出廷した際、仮監一八房の出入口内側の上部壁及び下部壁並びに同房内の流し台寄り木枠部分の合計三か所に、それぞれ一文字の大きさが縦横約三センチメートルの「KF」の二文字、一文字の大きさが縦横約二センチメートルの「KF」の二文字及び一文字の大きさが縦横約一センチメートルの「監獄解体」の四文字を落書きし、もって東京拘置所における「所内生活の心得」第五の二の1の(二二)に規定する規律違反行為を行った。

そこで、同月三〇日、東京拘置所警備隊取調室において原告から事情を聴取したところ、終始無言で一言も話さず、また、当該事情聴取の経緯を記録した供述調書にも署名指印を拒否したが、原告を押送した東京拘置所の出廷区勤務職員の報告書、原告の筆跡等により右違反行為が認められたため、東京拘置所長は、同月三一日、弁明の機会を与えるために原告を出席させて懲罰審査会を開いた上、原告に対して本件第一処分を科すことを決定し、翌一一月一日、原告に対しその旨を言い渡した上右懲罰処分の執行を開始して、本件第一処分は同月七日の経過によって終了した。

(二) 本件第二処分

原告は、一一月九日午前一〇時三九分ころ、東京拘置所の原告の居房内において、入浴を終了して還房した後、突然他の居房にまで響きわたる大声で「アー」と怒鳴り、もって同所の静ひつを著しく乱して、東京拘置所における「所内生活の心得」第五の二の1の(八)に規定する規律違反行為を行った。

そこで、同月二〇日、東京拘置所警備隊取調室において原告から事情を聴取したところ、終始無言で一言も話さず、また、当該事情聴取の経緯を記録した供述調書にも署名指印を拒否したが、原告の大声を現に聞いた東京拘置所の入浴立会勤務職員及び同じく原告の大声を聞いた舎房勤務の担当職員の報告書並びに原告と同階の居房にいる他の在監者六名の供述調書により右違反行為が認められたため、東京拘置所長は、同月二一日、弁明の機会を与えるために原告を出席させて懲罰審査会を開いた上、原告に対して本件第二処分を科すことを決定し、同月二二日、原告に対しその旨を言い渡した上、右懲罰処分の執行を開始したが、同日、原告から同月三〇日に行われる公判準備のために右懲罰の執行停止の願い出があったため、翌二三日から同月三〇日までの間右懲罰の執行を停止し、一二月一日から右懲罰の執行を再開して、本件第二処分の執行は同月九日の経過により終了した。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張1ないし3は争う。

同4のうち、原告が仮監一八房内に落書きをしたこと及び原告が大声で「アー」と怒鳴ったことは否認し、その余は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二  まず、本件各処分の経緯について検討するに、一〇月一七日に原告がボールペンの貸与を受けたのが昼食前であり、昼食後には公判を控えていたこと、同日公判終了後に弁護人が接見を行ったこと及び本件各処分の懲罰審査会の冒頭に警備隊長が懲罰該当事実について朗読したことは当事者間に争いがなく、また、一一月一九日午前一〇時三九分ころ原告が居房内で声を発したこと自体は当事者間に争いがないということができる。そして、右争いのない事実に<証拠>を併せると、以下の事実を認めることができる。

1  東京拘置所では、懲罰の対象となる規律違反行為を「所内生活の心得」と題する小冊子に記載し、これを各居房内に備え付けているが、その中には「みだりに大声を発し、放歌し、口笛を吹き、扉や壁をたたき又は足蹴りするなど、他の人の迷惑になるような騒音を発したとき」、「建造物・設備・備え付けの物品又は貸与品を故意に破損し、もしくは落書きする等汚損したとき」には規律違反として懲罰を受けることがある旨が明記されている。

そして、東京拘置所では、在監者の規律違反行為を現認した職員はその旨を記載した報告書を所長に提出し、所長が取調べの必要があると判断した場合には、原則として管理部保安課警備隊長が事実関係の取調べを行い、右取調べの結果、規律違反行為の嫌疑があると認められた場合には、管理部長、保安課長、教育課長、警備隊長等で構成される懲罰審査会を開き、警備隊長が規律違反の嫌疑をかけられた事実関係を読み上げて被審査者の弁解を聞いたうえ、右構成員が規律違反行為の有無、懲罰の具体的内容について検討を行い、懲罰審査会としての意見を決定し、所長に報告するという手続がとられている。

2  原告は、昭和五九年一〇月一七日午後一時一五分から東京高等裁判所で行われる公判に出廷するため同裁判所に連行され、仮監一八房に収容された。原告は、昼食前に、同仮監内において午後からの裁判の準備をするために看守からボールペンの貸与を受けた。原告は、公判開始前に必要な書類を書き上げ、公判に臨み、公判終了後は弁護人と仮監接見室で接見を行った。

東京拘置所の出廷区看守は、原告が公判のため仮監一八房を出た後の同日午後一時三〇分ころ、同房の出入口内側上部壁に縦横各約二センチメートルの「KF」の二文字、出入口内側左下部壁に縦横各約三センチメートルの「KF」の二文字、流し台寄りの畳の木枠に縦横各約一センチメートルの「監獄解体」の四文字がボールペンで落書きされているのを現認した旨及び同月一六日には右看守が同房内を点検し、落書きがないことを確認している旨を東京拘置所長に報告した。また、出廷区看守長も、同日一時四〇分ころ、右三か所の落書きを確認した旨を東京拘置所に報告した。なお、出廷区の職員は毎日仮監内を点検し、落書きがないことを確認している。

右の報告を受けた所長の指示により、警備隊所属の職員が仮監一八房内の落書き等について写真を撮影したり、右落書きの事実について具体的な質問をして原告から事情聴取を行ったが、右事情聴取に対して、原告は黙秘し、供述調書に署名指印することを拒否した。また、警備隊所属の職員が同月二日から一六日までの間に仮監一八房内に収容された者について事情聴取を行ったところ、同月一一日に収容された者はボールペンの貸与を受けたが落書きをしていない旨を、他の収容者はボールペンの貸与を受けていない旨を、そして全員落書きを見ていない旨を述べた。

右取調べの結果、原告が右落書きをしたとの嫌疑が認められたため、同月三一日に懲罰審査会が開催され、警備隊長が原告は前記の落書きをした旨の事実関係を読み上げたうえ、原告の弁解を聞いたところ、原告は右事実を否認したが、懲罰審査会は右の取調べの結果得られた証拠に基づいて合議し、原告が右落書きをしたものと認め、軽屏禁及び文書図画閲読禁止七日の懲罰が相当であるとの意見を決定し、その旨を所長に報告した。そして、東京拘置所長は、右意見に従い、原告に対して本件第一処分を科した。

3  原告は、一一月一九日、入浴を終えて自己の居房である新三舎四階七房(以下、新三舎四階の居房については単に房名のみを記載する。)に帰った後、午前一〇時三九分ころ居房内で声を発した。右声を開いた入浴立会の看守は、所長に対して、一〇時三九分ころ五房前付近にさしかかった際七房付近(六房、八房は空房)で、「アー」という大声が一回聞こえたので、原告に対してなぜ大声を出すのか問いただしたところ、原告は「俺は大声を出していない」「人間だから声を出すこともあるさ」と返答した旨を報告した。別の看守も、所長に対して、午前一〇時三九分ころ一二房付近を巡回視察中七房付近で意味不明の大声「アー」を一回聞いた旨を報告した。

右報告を受けた所長の取調べの指示により、警備隊所属の職員が大声の事実について具体的な質問をして原告から事情聴取を行ったが、原告は黙秘し、供述調書に署名指印することを拒否した。また、警備隊所属の職員が原告の居房と同じ階及びその下の三階の居房に収容されている在監者について事情聴取を行ったところ、三房の収容者は、一一月一九日午前一〇時四〇分ころ居房内廊下側に座っていたとき、どの房の方からかわからないが廊下側から「アー」という大声を一回と職員の「なんで大声を出しているんだ」という声を聞いた旨を、四房の収容者は、一一月一九日午前一〇時四〇分ころ居房内流し台前でタオルを洗っていたとき、五房か他の房の方で職員が「大きな声を出すな」と注意している声を聞いたが、七房の方から「アー」という大声は聞いていない旨を、五房の収容者は、一一月一九日午前一〇時四〇分ころ居房内流し台寄りの所に立っていたとき、廊下側の七房の方から「アー」というかなり大きな声と職員の「なんで大声を出しているんだ」と注意をしている声を聞いた旨、一五房の収容者は、一一月一九日午前一〇時四〇分過ぎころ居房内廊下側窓際で座っていたとき、「アー」というけっこう大きな声を一回聞いたが、大声を出した居房は一房から一四房だと思うがよくわからない旨を、新三舎三階九房の収容者は、一一月一九日午前一〇時三〇分過ぎころ居房内廊下側窓際に座っていたとき、どこからともなく「ワー」という感じの大きな声が一回聞こえた旨を述べた。さらに、警備隊所属の職員が六舎三階二八房の収容者について事情聴取したところ、同人は、雑役夫として就業しているが、一一月一九日午前一〇時四〇分ころ新三舎四階廊下の雑役用の机に座っていたとき、七房付近で「アー」というかなり大きな声が一回聞こえ、また、入浴係りの職員が七房の前に立って「どうして大声を出すのか」と注意している声が聞こえた旨を述べた。なお、新三舎四階の居房等の位置関係は別図記載のとおりである。

右取調べの結果、原告が大声を出し著しく舎房の静穏を乱したとの嫌疑が認められたため、同月二一日に懲罰審査会が開催され、警備隊長が右規律違反の嫌疑についての事実関係を読み上げたうえ、原告の弁解を聞いたところ、原告は大声を出したことは認め、洗面器が落ちそうになったので「アー」と声を出したと弁解したが、懲罰審査会は右の取調べの結果得られた証拠に基づいて合議し、原告の右弁解は採用できないとの結論に達し、軽屏禁及び文書図画閲読禁止一〇日の懲罰が相当であるとの意見を決定し、その旨を所長に報告した。そして、東京拘置所長は、右意見に従い、原告に対して本件第二処分を科した。

以上の事実を認めることができる。<証拠>のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  原告は、本件各処分は違憲、違法である旨を主張するので、原告の主張に従い順次検討する。

1  まず、原告は、規律違反行為を全く特定しない監獄法五九条は憲法三一条に違反する旨を主張する。

しかしながら、在監者に対する懲罰は、監獄の秩序を維持するために科される行政上の秩序罰であって刑罰ではないから、厳格な罪刑法定主義が適用されるものではなく、いかなる範囲で懲罰の対象となる行為を法定するかは立法政策の問題であると解するのが相当であるから、監獄法五九条が懲罰の対象となる行為を具体的に特定していないからといって直ちに憲法三一条に違反するということはできない。したがって、原告の右主張は失当である。

2  次に、原告は、仮に監獄法五九条が直ちに憲法三一条に違反しないとしても、未決被拘禁者に対する懲罰対象行為は原則として市民法的にも刑罰の対象となる行為に限定されるべきである旨を主張する。

未決勾留は、刑事訴訟法に基づき、逃亡または罪証隠滅の防止を目的として、被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであって、右の勾留により拘禁された者は、その限度で身体的行動の自由を制限されるのみならず、前記逃亡又は罪証隠滅の防止のために必要かつ合理的な範囲において、それ以外の行為の自由をも制限されることを免れないのであり、このことは、未決勾留そのものの予定するところである。また、監獄は、多数の被拘禁者を外部から隔離して収容する施設であり、右施設内でこれらの者を集団として管理するにあたっては、内部における秩序を維持し、その正常な状態を保持する必要があるから、この目的のために必要がある場合には、未決被拘禁者についても、この面からその者の身体的自由及びその他の自由に一定の制限が加えられることは、やむを得ないところというべきである。したがって、監獄内部の秩序を維持し、その正常な状態を保持するために被拘禁者が遵守すべきものとして定められた規律は、それが右の目的を達成するために必要かつ合理的なものである限りは、未決被拘禁者といえどもこれに従うべきことは当然であり、右規律に違反した場合に、秩序罰たる懲罰を科せられることもやむを得ないところである。そして、右の懲罰の性質、機能からして、懲罰の対象となる行為が市民法的に刑罰の対象とされる行為に限定されないことも明らかである。よって、原告の右主張も採用できない。

なお、原告は、現行の実務においては、自傷行為、職務の妨害に当たらない単純な職務上の指示違反、同囚間の私語、通声、器物損壊に当たらない落書きなどをすべて懲罰の対象としているのであって、これは市民的自由に対する過剰な干渉であり、憲法三一条及び一三条に違反する旨を主張するが、本件においては、原告に規律違反行為があったか否か、仮に規律違反行為があったとしても、その行為に対して懲罰を科すことが必要かつ合理的なものであるか否かを判断すれば足り(この点については後述する。)、抽象的に現行の実務の運用の違憲性を判断する必要はないものというべきである。

3  また、原告は、懲罰の科罰手続においても懲罰対象者の防禦の機会を保障した公正な手続が要請されるところ、監獄法は右のような手続を一切保障していないから憲法三一条に違反するし、仮に、監獄法が直ちに憲法三一条に違反しないとしても、右のような手続を保障しないでされた懲罰処分は憲法三一条に違反する旨を主張する。

懲罰が公正な手続によって科されなければならないことはいうまでもないが、前判示のとおり、懲罰は監獄内部の秩序を維持するための秩序罰であることに鑑みると、右の手続を法定することまで憲法三一条が要求していると解することは相当ではないから、監獄法が懲罰の科罰手続について公正な手続を定めていないからといって直ちに憲法三一条に違反するということはできない。

もっとも、右のとおり、懲罰は公正な手続によって科されなければならないから、公正な手続によらないで懲罰が科された場合には、右懲罰は違法となるものと解すべきであるが、公正な手続としていかなる手続が要求されるかは監獄内の秩序を維持するための秩序罰たる懲罰の性質を考慮せざるを得ないのであって、刑事司法手続に要求されるような厳格なものではないというべきである。これを本件についてみるに、前記認定の事実によれば、東京拘置所長が原告に対して本件各処分を科すにあたっては、警備隊所属の職員が事情聴取に際し規律違反とされる事実について具体的な質問を行って原告に弁解の機会を与え、参考人からも事情聴取を行い、また、本件第一処分については落書きの写真を撮影するなどの取調べもしたうえ、管理部長、保安課長、教育課長等の幹部職員で構成される懲罰審査会を開催し、その冒頭には警備隊長が規律違反とされる事実を読み上げ原告の弁解を聞き、右弁解及び取調べの結果得られた証拠に基づいて合議するという手続を経て得られた右審査会の意見を参考にしているのであって、先に述べた懲罰の性質に鑑みると、右手続をもって公正でないものということはできず、本件各処分の科罰手続が違法なものであると認めることはできない。原告は、被懲罰者に対して一定期間前に懲罰該当事実を具体的に記載した書面を交付するとともに、証拠を開示し、被懲罰者による自らに有利な証拠の提出、監獄側の収集した証拠に対する弾劾の機会を与え、被懲罰者が弁護人を依頼している場合にはその同席する場で審理を行うことが必要である旨を主張するが、前掲乙第三号証によれば、懲罰の対象となる行為は単純なものであると認められるうえ、前記のように原告に対して懲罰該当事実の告知もなされているのであるから、被懲罰者に対して懲罰該当事実を具体的に記載した書面を交付することまでの必要はないというべきであり、また、被懲罰者が在監者であって、規律違反とされる行為が監獄内で行われたものであることを考えると、被懲罰者が他の在監者から事情聴取を行う等自己に有利な証拠を収集することは事実上不可能であって、被懲罰者による証拠の提出は弁解以外には現実的には考えがたいことであり、前記の監獄の秩序維持の観点から弁護人が監獄内で証拠収集等の活動をすることは許されないというべきであるから、弁護人の活動に期待されることも現実的には殆ど無いということができるのであって、これらのことに前記のような手続が行われていることを併せ考えると、原告主張のような手続がとられていないからといって、その手続が公正を欠き、違法であるということはできない。

4  さらに、原告は、軽屏禁罰の内容が法律上明確になっていないこと自体憲法三一条に違反するし、軽屏禁及び文書図画閲読禁止の懲罰の内容も憲法一三条、一八条、二一条及び三六条に違反する旨を主張する。

軽屏禁罰の内容として監獄法六〇条二項は「屏禁ハ受罰者ヲ罰室内ニ昼夜屏居セシメ情状ニ因リ就業セシメサルコトヲ得」と規定しているところ、右規定からも軽屏禁罰は受罰者を罰室内に閉居させて外界と隔離し、そのことによって謹慎させ、精神的孤独のうちに反省、改悛を促すことを目的とするものであることは明らかであり、その目的を達成するために必要かつ合理的な一定の行為の禁止、制限は当然に同条の「屏居」の中に含まれていると解することができるから、軽屏禁罰の内容が法律上明らかになっていないということはできない。そして、軽屏禁罰の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲において受罰者が一定の行為について禁止、制限を受けたとしても、先に述べたとおり、監獄内の規律維持のために必要かつやむを得ないものとして、憲法の人権保障の条項に違反しないものというべきである。

また、軽屏禁及び文書図画閲読禁止の懲罰が廊下に向かっての正坐又は安坐をすること、図画、文書の閲読禁止、面会の禁止(弁護士については許可することがある。)、発信、受信の禁止(訴訟関係等につき弁護士等には許可することがある。)、筆記の禁止(「意見陳述書」「保釈申請書」については許可することがある。)、洗濯の禁止(午後一時から三〇分のみ許可)、新聞購読の禁止及びラジオ放送の禁止を内容とすることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、軽屏禁罰の執行中は、運動、入浴は一定限度に制限されることが認められるところ、軽屏禁罰の前記目的に照らせば、右の行為の禁止及び制限は右目的達成のために必要にして合理的なものであるということができるから、軽屏禁及び文書図画閲読禁止の懲罰の内容は憲法一三条、一八条及び二一条に違反するということはできないし、行為の禁止、制限の程度から考えて残酷なものということもできないから憲法三六条に違反すると認めることはできない。

よって、原告の右主張は理由がない。

5  さらにまた、原告は、本件第一処分は事実誤認に基づいて科されたものであるから違法である旨を主張する。

前記認定の事実によれば、一〇月一六日には仮監一八房内には落書きがなく、翌一七日に原告は仮監一八房内でボールペンの貸与を受け、原告が同房を出た後には三か所に落書きがあったということができるから、一七日に原告以外の者が右落書きをしたことを窺わせる証拠がない以上、原告が右落書きをしたと推認するのが相当である。なお、<証拠>には、原告は右落書きをしていない旨の記載があるが、右記載は採用できない。また、原告は、原告には落書きをする物理的可能性がなかった旨を主張するが、前記認定の事実によれば、原告には落書きをする時間があったということができるところ、看守が原告を常時監視していた等原告が落書きをすることを妨げる事情を認めるに足りる証拠はないのであるから、原告が落書きをする物理的可能性がなかったということはできない。したがって、原告の事実誤認の主張は理由がない。

なお、原告は、先に述べたように、単なる落書きを懲罰の対象とすることは市民的自由に対する過剰な干渉である旨を主張するが、<証拠>によれば、建造物、設備、備え付けの物品又は貸与を受けた物品に落書きをすることは、右の物を汚損するだけではなく、同囚間での連絡の手段ともなりうることが認められるから、落書きを規律違反行為として懲罰の対象とすることは合理的なものというべきである。そして、原告がした落書きの数、態様に鑑みると、原告のした右落書きに対して軽屏禁七日間及び同期間の文書図画閲読禁止を併科した本件第一処分が重きに過ぎるということはできない。

6  最後に、原告は、原告が一一月一九日午前一〇時三九分ころ発した声は懲罰の対象とはならない旨を主張する。

前記認定の事実によれば、七房及び一二房付近の廊下にいた看守、三房、五房、一五房及び新三舎三階九房の収容者並びに新三舎四階廊下で雑役夫として就業していた在監者が原告の発した「アー」というような大きな声を聞いたと認めることができるところ、右の者らがいた場所と原告の居房との距離関係からして、原告の発した右声は舎房の静ひつを乱すものということができ、かつ、日常生活において通常発せられるものとはいいがたいにもかかわらず、右声を出すことについて首肯するに足りる事情は窺えない(原告は、右声は洗面器が倒れそうになったので「アッ」という小声を発したにすぎない旨を主張し、<証拠>には右主張に沿う記載があるが、その声の大きさからして右記載部分は採用できず、他に右主張は認めるに足りる証拠はない。かえって、<証拠>によれば、原告は入浴時間について不満をもっており、その不満から声を出したと推測することができる。)から、原告の右行為は東京拘置所の「所内生活の心得」に規定する「みだりに大声を発し、……他の人の迷惑になるような騒音を発したとき」に該当するものというべきである。

そして、弁論の全趣旨によれば、監獄内で他の人の迷惑になるような大声がみだりに発せられると、他の在監者に不快感を与えるのみならず、職員は、その声が在監者の自殺、自傷、あるいは在監者間のけんか、不正連絡等に伴って発せられたものでないかを確認するため、その声の発生場所、原因等を究明する必要があり、そのために現に行っている業務を中断せざるを得ず、その間に不測の事態が生じるおそれがあることが認められるから、在監者が他の人の迷惑になるような大声をみだりに発することを規律違反行為とし、懲罰の対象とすることには十分合理性があるというべきである。前記認定の事実によれば、原告が大声を発したのは一回だけであり、職員の制止によって声を出すことをやめたのではないということができるが、声が出されたのが一回だけだとしても、そのことによって生じる事態は右に述べたところと変わらないから、原告の行為を懲罰の対象とすることが相当ではないということはできない。

また、原告が出した声の大きさ、その原因、本件第一処分の執行終了(<証拠>によれば、本件第一処分の執行が終了したのは一一月七日であることが認められる。)後一〇日余りで規律違反行為を繰り返したこと等の事情に鑑みると、七日間の軽屏禁及び同期間の文書図画閲読禁止を併科する処分が重きに過ぎるということはできない。なお、<証拠>によれば、本件第二処分について原告から人権侵害救済の申立てを受けた第二東京弁護士会は、ささいな行為をとらえて処罰の対象とすることは酷にすぎるとして、東京拘置所長に対して、未決被拘禁者に対する懲罰については濫用にならぬよう慎重になすべき旨の勧告をしたことが認められるところ、未決被拘禁者に対する懲罰については濫用にならぬよう慎重になすべきことは当然であるが、原告の行為は、前述したところから明らかなように、ささいなものということはできないから、本件第二処分が酷にすぎるとの右見解には左袒できない。

7  以上述べたように、本件各処分が違憲、違法である旨の原告の主張はいずれも理由がない。

四  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 北澤 晶 裁判官 生野考司)

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